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東京地方裁判所 昭和23年(行)30号 判決

主文

原告等の有する日本の國籍は夫々その出生のとき父が日本人であつたことによるものであつて内務大臣が原告等に対してなした國籍回復許可によるものでないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求める旨申立てその請求の原因として原告本多潔志は大正七年十一月六日原告弓削欽吾は大正九年一月六日いずれもアメリカ合衆國に於いて日本人夫妻の間に生れてアメリカの國籍を取得した日本人であるが原告本多潔志の父本多勇藏原告弓削欽吾(旧姓中村昭和二十年六月二十六日弓削ヨシと入夫婚姻した)の父中村慶次が夫々右原告等に無断で内務大臣に対して原告等の國籍離脱の届出をなした。その後原告等は日本に住所を移し原告本多潔志は昭和十八年九月三十日内務大臣に日本の國籍回復の申請をなして昭和十九年三月五日その許可を得原告弓削欽吾は昭和十七年四月二十日同大臣に右同様の申請をなして同年六月十九日その許可を得夫々戸籍吏に対してその旨の届出をなして戸籍簿に原告等のため一家創立の記載がなされた。しかしながら原告等は内務大臣に対する前記國籍離脱の届出がなされた当時満十五歳以上で自らその手続をなす能力があつたのに拘らず無権限の第三者たる原告等の父が原告等の意思に反して國籍離脱の届出をなしたのであるからその日本國籍離脱は無効であり、原告等は出生の時その父が日本人であつたことによつて取得した日本の國籍を失はなかつたのであるから内務大臣のなした前記國籍回復の許可はいずれも無効である。仍て原告等の有する日本の國籍は右の如く出生に因るものであつて内務大臣のなした國籍回復許可によるものではないことの確認を求るため本訴請求に及んだと陳述し立証として甲第一号証の一、二、甲第二号証の一、二、甲第三号証の一、同号証の二の(イ)(ロ)、甲第四号証の一、同号証の二の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、甲第五号証を提出し証人山内よし子の証言並びに原告本多潔志同弓削欽吾の各本人訊問の結果を援用する旨述べた。

被告指定代理人は請求棄却の判決を求め答弁として原告等主張の請求原因事実中原告本多潔志同弓削欽吾に関する本件國籍離脱の届出がいずれも原告等主張の様な無権限の第三者によつて原告等の意思に反してなされたものである点はこれを否認する。その余の事実はこれを認める。仮に原告本多潔志同弓削欽吾の國籍離脱の届出が前記の如く無権限の第三者たる原告等の父によつて同原告等の意思に反してなされたものであるとしても原告等の父は無権代理人としてこれをなしたものであり原告等はその後國籍回復の許可の申請をなしたものであるから原告等はこれによつてその父が無権代理人としてなした國籍離脱の届出を少くとも默示的に追認したものと解すべきである。從つて右國籍離脱の届出は民法第百十三條第百十六條によつて行爲のときに遡つて有効となつたものである。仮に原告等主張の事実が認められるとしても原告本多潔志同弓削欽吾の本訴請求はいずれも確認の利益を欠くから棄却さるべきである。即ち被告は原告等が日本の國籍を有することを爭うものではないから日本の國籍取得が出生によるや内務大臣の國籍回復許可によるやその取得原因について確認を求める利益がないのみならず國籍取得原因如何は過去の法律関係に属するものである。又國籍取得原因について確認の訴を許すとしても原告等の日本の國籍は出生のときその父が日本人であることによるものであるといふ積極的確認の訴のみで足り國籍回復許可によるものではないといふ消極的確認の訴を提起する法律上の利益を必要もないと陳述し、甲第一号証の一、二、甲第二号証の一、二、甲第三号証の一、同号証の二の(イ)(ロ)及び甲第四号証の一内公証人作成部分、同号証の二の(イ)(ハ)(ニ)、同号証の二の(ロ)内公証人作成部分、甲第五号証の成立はいずれも認める。甲第四号証の一、同号証の二の(ロ)内夫々その余の部分の成立は不知と述べた。

理由

原告本多潔志同弓削欽吾がいずれも原告等主張の年月日にアメリカ合衆國において日本人夫妻の間に生れてアメリカの國籍を取得した日本人であることは当事者間に爭ないところであつて各公証人作成部分につき成立に爭なく従つて爾余の部分も眞正に成立したものと認められる甲第四号証の一同号証の二の(ロ)並びに原告本多潔志同弓削欽吾の各本人訊問の結果を綜合すれば原告本多潔志の父本多勇藏原告弓削欽吾の父中村慶次は当時原告等が満十五歳以上で自ら手続をする能力があるのに拘らず原告等に無断で内務大臣に対して原告等の日本の國籍の離脱の届出をなしたことを認むるに足る。而して原告本多潔志については昭和十一年六月二十七日原告弓削欽吾については昭和十五年十二月五日いずれも國籍離脱により國籍喪失の旨戸籍簿又は除籍簿に記載されたこと、原告等はその後日本に住所を移し原告本多潔志は昭和十八年九月三十日内務大臣に対して日本の國籍の回復の申請をなし昭和十九年三月五日右許可があり原告弓削欽吾は昭和十七年四月二十日同大臣に右同様の申請をなして同年六月十九日その許可があつたので夫々戸籍吏に対するその旨の届出によつて戸籍簿に原告等の爲に一家創立の記載がなされたことは当事者間に爭がない。從つて前記認定の如き無権限の第三者がなした國籍離脱の届出は無効であり原告等は出生のとき父が日本人であつたことにより取得した日本の國籍を失つたものではないから原告等のなした日本の國籍の回復許可の申請も無効であり内務大臣のなした原告等に対する右許可も当然に無効となることはいうまでもない。被告は仮に原告等の日本の國籍の離脱の届出が無権限の第三者たる父によつてなされたとしてもこれはその父が原告等の代理人としてなされたものであり、右無権代理行爲は爾後になされた原告等の國籍回復の申請によつて少くとも默示的に追認されたものと解すべく右國籍離脱の届出は民法第百十三條及び百十六條により原告本人に対してその効力を生ずるものであると主張するが、民法第百十三條及び第百十六條等民法上所謂無権代理の規定は取引の安全を保護するために設けられたものであつて私法上の意思表示についてのみ適用があり、本件のような國籍離脱の届出の如き公法上の行爲についてはその適用がないものと解すべく從つて被告のこの点に関する主張は夫れ自体失当であつて採用できない。更に被告は原告等主張の前記認定事実について裁判上確認の利益がないと主張するのでこの点につき判断すると本訴請求の趣旨は冐頭掲記の如く原告等の有する日本の國籍は夫々その出生のとき父が日本人であつたことによるものであつて内務大臣が原告等に対してなした國籍回復許可によるものではないという事実に基いて生れる一箇の公法上の法律関係の確認を求めるものであつてアメリカの國籍法上自己の志望によつて外國に帰化したものはアメリカの國籍を失うといふ関係になつてゐるので、右の如く原告等の日本の國籍取得が出生に因るものであつて國籍の回復許可によるものでないとすると右アメリカ國籍法の規定によりアメリカの國籍を保有できることとなるのであるから前記請求の趣旨は畢竟アメリカの國籍と日本の國籍とを併有する國籍関係即ち上掲二箇國の二重國籍を有することの確認を求めることに帰着するものであると解せられるのである。而してかかる二重國籍を有すると否とではわが國籍法上前者は國籍の離脱によつてわが國の國籍を喪うもの以外は國籍法所定の期間内に於いて日本の國籍を留保する意思を表示しない限りわが國の國籍を喪失し後者についてはその志望により外國國籍を取得することによつてわが國の國籍を喪失するのであつて両者均しく日本の國籍を有するもその喪失原因を異にするものであり又成立について爭のない甲第五号証によつても明かなようにアメリカと日本の二重國籍を有するものについては現下日本國内においてアメリカ人として取扱はれアメリカ人としての特権を認められるものである。例へば食糧加配に関しては一般日本人と異り食糧管理法同施行規則の適用をうけず別に昭和二十三年一月二十二日附二三総局第二八四号農林省総務局長より都道府縣知事に対する通牒「外國人に対する食糧加配に関する件」によつて加配をうけるのであり又刑事訴追についても昭和二十一年勅令第三百十一号第一條に依り日本側檢察機関の訴追をうけないものと解せられるのであつて斯の如くわが國法の取扱上差異の存すること二、三に止まらないのであるから被告が原告等に対する日本の國籍回復許可が無効であること即ち前記の如く二重國籍であることを認めない以上敍上の如き國籍関係の確認を求める法律上の利益あるものといはねばならない。しかのみならず國籍回復許可の無効の確認を求める点については既に認定したように現に原告等の戸籍簿は國籍回復の許可に基いて作成されていることより見るも無効確認を求める利益ありというべきである。仍て原告等の有する日本の國籍はいずれも出生のとき父が日本人であつたことによるものであつて内務大臣が原告等に対してなした國籍回復の許可によるものでないことの確認を求める本訴請求は正当として認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五條第八十九條を適用して主文の通り判決する。(昭和二三年九月二八日東京地方裁判所民事第二部判決)

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